津久井湖
2020月1月28日

津久井観撮レポートその5
津久井在来大豆

       【 左から大豆の発芽(6月)、加工するために煮る、収穫直前(11月) 】

日本食にとって欠かすことのできない大豆は、古くから栽培されていたが、1969年から始まったお米の生産調整によって経済性の高い作物生産への転換が進むにつれ注目され、さらに、21世紀当初から健康志向意識の向上や郷土食の見直しがあり、大豆の生産が活発になってきた。

神奈川県の在来系の大豆栽培は、相模原市緑区津久井地域の「津久井在来大豆」と足柄地域の一部の水田地
帯の「畦畔(けいはん)大豆」が残っているのみであった。

津久井在来大豆は味噌、醤油など加工品の食味が良く、味噌は色上がりが綺麗で、豆腐では製品歩留まりは低いがコクがあると言われている。また、ウイルス病に強く、紫斑病・褐斑病にやや強いという特徴がある。(平成19年 6月神奈川県農業技術センター普及指導部より)

現在では生産量も増えつつあり、県内各地で「津久井在来大豆」を守る取り組みが行われており、2008年には「かながわブランド」に認定された。先日の神奈川新聞(2019年12月21日)に「コーヒーなど新商品を続々開発」「広がれ津久井在来大豆」と栽培した大豆を用いた新商品を開発している記事が大きく出ていたのも普及の表れだろう。

我々の仲間は15年ほど前から栽培し、主に味噌づくりに毎年チャレンジしている。

味噌づくりは午前中にじっくりと煮て、大豆を柔らかくする。午後から体験者たちが集まり、2時間ほどの実習をする。その作業は材料の麹と大豆と塩を混ぜて味噌だねをつくり、しっかり味噌樽(タッパーでも可)に詰める。 それから約10ヶ月各家庭で熟成させて、手前味噌の完成になる。お子さん連れが参加してくれ、彼らも率先して手伝ってくれるのがうれしいし、何よりも食育には最高の体験になると思っている。

一方、醤油づくりはちょっと手間がかかるので、お子さんの参加は見学のみである。


まず、煮た大豆と煎った小麦に麹菌を加えて醤油麹を作る。麹菌を繁殖させなければならないので4日間の温度管理が大切になってくる。その間、24時間体制で麹菌の生育を見守らなくてはならない。さらにいくつかの作業をした後、10ヶ月ほど熟成させて、やっと「もろみ」ができる。それを木製の槽(ふね)で絞り、やっと生醤油が完成。さらに火入れをして醤油の出来上がりだ。

味噌づくりは大豆の種まきから味噌の完成までおよそ18ヶ月、醤油にいたっては小麦の種まきから始まるので、製品になるのに約27ヶ月も費やす。どちらも時間がかかるだけに、作業に携わった延べ人数はかなりの数になる。

作業中の会話の中に毎回のように出てくるのは、「市販の醤油や味噌はどうしてあんなに安く売れるのだろうか」という疑問。作業に参加された方々への商品の販売価格は味噌が1kg当たり1,000円、醤油が1升1,200円。スーパーなどで、この値段ではなかなか買い手は少ないだろう。
何も醤油や味噌だけでなく、自分で作る食料などは買ってきた方が安上がりなことはよくある。釣りなどもその一つ。交通費、餌代など考えるとスーパーで買った方がずっと安いことが多々ある。

なのに、なぜ手間暇かけて、さらにお金までかけて自分たちで作ろうとしているのだろう。それは作業中の仲間とのコミュニケーションの楽しさもあり、自作である達成感や美味さもあるだろうが、それ以上に、食品の見方が変わり、大げさに言えば日本の食料問題まで気になって来る。そして、一番大切なことは、食の安心、安全を考えさせられることにあるのではないか。
そのようなことを考えると、津久井在来大豆を使って栽培から食品づくりまで体験できることは、幸せなことだ。

文章・写真:里の案内人 安川源通

関連リンク:津久井と写真の共通点を見つめる -NPO法人里山津久井をまもる会 安川源通さん

 

おすすめの里の案内人記事

津久井湖 2019年12月10日

津久井観撮レポートその4
「三太物語」

この映画の原作者青木 茂は『終戦後、世の中が混乱、希望を失った時、「世の中に温かさ」を与えたい、「地上の天国」を創ろうという願いがぼつぜんと起きた』(青木茂著「週刊NHKラジオ新聞」第97号)。そして、その舞台は「山には数多くの獣がいなくてはならない。水は美しくなければいけない。…