津久井観撮レポートその4
「三太物語」
この映画の原作者青木 茂は『終戦後、世の中が混乱、希望を失った時、「世の中に温かさ」を与えたい、「地上の天国」を創ろうという願いがぼつぜんと起きた』(青木茂著「週刊NHKラジオ新聞」第97号)。そして、その舞台は「山には数多くの獣がいなくてはならない。水は美しくなければいけない。(中略)川の淵は、カッパ、お花、トンビの巣、ほとけなぞ、奇しくも実存している土地。こここそ自分が選ぶ創作の場所の舞台」と筆を取り始めたのが相模原市緑区三ヶ木(旧津久井町三ヶ木)の道志川付近だった。
昭和21年(1946年)の雑誌「赤とんぼ」(実業の日本社)に「かっぱの三太」が掲載。続いて単行本も出版され、昭和25年と27年にはNHK連続ラジオドラマが放送される。さらに翌年、劇団民芸で「三太物語」を公演。さらに、映画も4本上映され、さらに、昭和36年(1961)にはフジテレビで連続ドラマとして放映された。そんなわけで、旧津久井は全国津々浦々まで知られるようになった。
時は流れ、今では忘れられがちだが、知る人に「三太物語」と声をかけると「おら~三太だ!」との声が返ってくる。
この橋脚は旧道志橋の名残である。大正13年(1924年)以前は奥の山道を下り船で道志川を渡っていたが、この年に道志橋が竣工。その後、昭和39年(1964年)に撤去され、同時に、写真の上にある新道志橋が完成し、現在も使われている。
この付近は三太たちが活躍した場所の一つ。映画「三太と千代ノ山」で左幸子の扮する花荻先生が泳いだのは橋脚左奥の淵(ウワガッパ)だ。
この橋脚の後方には、著者青木 茂が常宿していた旧三太旅館があった。現在はここから500mぐらい上流に移転している。
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今の旅館の庭には青木 茂が刻んだ石碑が数基ある。
写真右奥の石碑には
「ここが道志川の主 仙爺さまの家だ。人玉になる術まで使い 川の見回りに出たんだ
昭和35年 青木 茂 」
とある。
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そもそも著者青木 茂が最初に道志川を訪れたのは友達と釣りに来た時で、そこから、津久井との縁が始まる。
道志川は古くは江戸時代、将軍にアユを献上していたという。近年ではあるブログによると、形のいいアユを200匹釣ったと書かれている。また、所々に「アユとゴミは持ち帰ろう」と美化運動の看板まである。この様に道志川の魚といえばなんといってもアユなのである。三太の祖父 仙爺もアユ釣りの名人で、この物語によく出てくる。この写真の奥に見える橋は弁天橋で、この周辺で青木 茂自身もアユ釣りを堪能したことだろう。
弁天橋の奥には弁天淵があり、その上には弁天様のお堂がある。そして、さらに奥には横浜市水道局の青山沈でん池があり、ここから明治30年(1897年)以来、横浜方面に水道水が送られている。物語に登場するこれらの弁天淵やお堂や水道局は現実にあり、この近辺を散策していると、当時(昭和20年代)のことが想像でき、この物語の面白さを味わうことができる。
昭和26年(1951年)に発行された「小説 三太物語」(光文社)の解説を大佛次郎が書いているが、その一部を紹介すると
『私は日本にも成人の鑑賞に耐えうる童話が出たな、と感じ、心からうれしく思いました。それも東京にごく近い、じっさいにある山里を舞台にして生まれたことは、おどろいてよいことだと思いました。アスファルトやコンクリートで締めつけられ、文明の交通機関でおびやかされている現代の生活では、まったく夢も郷愁も成人に失われているのに、この「小説三太物語」は、率直に納得できる現実のなかで、狸や狐、猪などと私たちが簡単に握手できる、ふしぎな世界を開いて見せました。この世界に入ると、たれも心が純粋になり、現実の圧力でつぶされているいのちが、新しく生きる力を盛りかえしてきます。すぐれた文学とは、こういうものにちがいないのです。「小説三太物語」は、子供だけで読まずに、家庭の人の全部が読んで楽しいと感じるにちがいありません』と、書かれている。
68年前、すでに「アスファルトやコンクリートで締めつけられ、文明の交通機関でおびやかされている現代の生活」と感じていたことは、今や、慣れ切って何も感じなくなってきたのか。また、「現実の圧力でつぶされているいのち」感すら遠のき、今の不安定な社会が成り立ってしまった。
多大な犠牲を払った敗戦で日本人は、大きな重圧から解放された。そんな中で、庶民を描いた都会の生活ぶりは、長谷川町子の「サザエさん」に現れ、田舎のことはこの「三太物語」に書かれている。
サザエさんには実在する場所はないが、三太物語には相模原市緑区三ヶ木周辺という実在する場所がある。ぜひ、三太物語を読んで、三太旅館周辺を散策すると、正義と愛情とユーモアにあふれた三太が、心の中に宿ってくるのではないだろうか。
文章・写真:里の案内人 安川源通
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