丹沢湖
2022月12月19日

「林業」と「八丁やまめの養殖」を通じて、 山北町と丹沢湖地域の魅力を伝える。平成生まれのかながわ水源地域の案内人・石田貴久さん

丹沢湖近く、神奈川県足柄上郡山北町にて、若き「かながわ水源地域の案内人」として活躍する石田貴久(いしだたかひさ)さん。「林業」や「やまめの養殖」などを通じて、SNSや林業体験などで山北町の魅力を発信しています。そんな石田さんは、どのようなきっかけでかながわ水源地域の案内人となったのでしょうか。

今回は石田さんが営む林業とやまめの養殖の現場へおじゃまし、お話を伺いました。

きっかけはボランティアで始めた「やまきた軽トラツアー」

石田さんは平成4年生まれ。山北町の旅館を営む家庭で育ちました。大学卒業後の3年間は、緑のふるさと協力隊、地域おこし協力隊として、福井県坂井市で炭焼きや狩猟、農業などの経験を積み、地元・山北町へUターン。山北町森林組合に勤務し、森林整備などに携わったのち、2021年4月に「石田林商」の屋号を掲げ独立。同年9月より「八丁やまめ養殖センター」を承継し、林業と養殖業のマルチワークを実践しています。

そんな石田さんが「かながわ水源地域の案内人」となったきっかけは、2017年頃より自身がボランティアで始めた「やまきた軽トラツアー」だったそう。

インタビューに熱心に答えてくれた平成生まれのかながわ水源地域の案内人・石田貴久さん

 

「森林組合に勤めていた当時、土日の休みを利用して何かしようと考えて始めたのが、軽トラの助手席に希望者を乗せて山北町や丹沢湖周辺を案内する軽トラツアーでした。コロナ禍になるまでの約2年間、延べ60人くらいの方を案内しました。当時は特別意識していなかったのですが、大人になるにつれ気づき出した山北町の魅力を、たくさんの人へ伝えていきたいという想いがあったのだと思います。

そんな僕の活動を見た職場の方が『かながわ水源地域の案内人』に推薦してくれました。元々、地元で案内人をされている井上正文さんという方がいらっしゃるのですが、その方の活動を見て密かに憧れていたので、一緒に活動していけることが嬉しかったですね。」

以来、かながわ水源地域の案内人として活動を開始。森林組合から独立後は、自身の営む「林業」や「やまめの養殖」を通じて、山北町の魅力や森林の大切さを発信しています。

森林の健康が、暮らしの「安全」と「水」を守る

元々は森林組合に勤務していた石田さん。林業に携わるきっかけは、「かっこいいから」という憧れ。現在では自身で林業を営み、森林の伐採や草刈りなどの環境整備や木材の販売を中心に、林業体験も実施しています。

「前職(森林組合)に就いていた際は、横浜市や川崎市など神奈川県の都市部に住む小学生に向けて行う『水源地域を学ぶ体験学習』をメインに担当していました。退職後も、引き続きお願いしたいという依頼をいただき、林業体験を実施させていただいています。」

石田さんが普段林業体験を行っているという森林へ。実際の森林を見ながら、お話を伺いました。

森林に到着し、自身が行う取り組みについて紹介してくれた石田さん

 

「山北町での林業体験を通じて、森林の大切さと森林が水を育んでいることをお伝えできればと思っています。森が健康でないと土砂崩れなどが発生し、大切な水がダメになってしまう。そういった事実を知らない方もきっと多いですよね。子どもたち向けの林業体験では、縮小した森林のジオラマに水を流して、健康な森林と健康ではない森林について説明したり、実際に森林の中へ入って、森林の健康状態を調査する体験を行っています。

まず、木の直径や密度を測ることで、その森林が健康であるのかどうかを考えることができます。森林は木の密度が高いと、木の枝同士がぶつかり、お互いの成長を阻害してしまうんですよね。また、日光が林内まで届かず、下草も生えにくくなります。すると、台風などの災害時には木が倒れやすくなったり、下草が生えていない地面には直接雨水が当たるので、土砂流出につながったりします。なので、適切な密度になるよう間引きをしてあげることが必要です。森林の間伐は、暮らしの安全と大切な水を守る上で、とても大切なことなんです。」

適切な密度になるよう間引きする前の木々が高くそびえる

 

森林には、印が付けられた木がちらほら。

「密度を測った上で、木の直径や周りの木などを見ながら、間引きする木を小学生たちに選んでもらい印をつけてもらうんです。また、実際に木を伐り倒すシーンも見てもらいます。伐った木はノコギリを使ってカットしてもらったり、時間があれば木工体験を行うこともありますね。自然の中での体験を楽しんでもらいつつ、森林の大切さや林業の大切さを、しっかり伝えていければいいなと思っています。」

<写真左>小学生の森林体験の様子。木の直径を測っているところ
<写真右>印がついた伐採する木々を見上げ、森林や伐採の重要性について語ってくれた石田さん

森と水と食の循環。「林業」と「やまめの養殖」は似ている

石田さんが営む「八丁やまめ養殖センター」があるのは、神奈川県の水源地域である足柄上郡山北町皆瀬川の奥地。1977年に先代の石井氏が設立して以来、一貫してやまめの完全養殖に取り組み、オリジナル系統「八丁やまめ」を中心に、渓流魚の養殖・販売を行っています。

今回は、八丁やまめ養殖センターに伺い、普段は見学の受け入れをしていないとのことですが、仕事の様子を特別に見学させていただきました。

自身が運営する養魚場で、八丁やまめの養殖作業の様子を見せてくれた石田さん

 

「この場所は、先代の石井さんが長い時間をかけて見つけた、やまめを育てるのに適した環境なんです。上流の汚れていない水が流れていることや水温などはもちろんのこと、年間の降水量などを調査した上で選ばれたそうです。

やまめを育てる池は、酸素量を保つために、常に水が流れている状態を作ることが重要です。水が流れることによって水の中に酸素が供給され、魚はその酸素を使って呼吸します。池を階段状にすることで、水が落ちるときに再度酸素が取り込まれるので、下の段の魚にもしっかり酸素が行き渡るような仕組みになっています。」

<写真左>養魚池の囲いの上でエサを撒く様子
<写真右>養殖された八丁やまめの群

 

2021年9月より「八丁やまめ養殖センター」を承継した石田さん。元々、実家の旅館で八丁やまめを提供していたことをきっかけに、先代の石井氏から「後継者になって欲しい」と依頼をもらったそうです。「先代が守り続けてきた、この素晴らしい場所をなくしてしまうのはもったいない。」という一心で、養殖業を継ぐことを決めた石田さんでしたが、仕事は想像以上に過酷なものでした。

「毎日、車で40分ほどかけて、朝と夕の2回お世話をしに来ています。日中、他の仕事をしている間も、やまめの様子が気になって仕方ないので、カメラを設置して常に監視していますが(笑)。日によっては1日中作業をすることもありますし、冬の時期は冷たい水の中での作業はかなり過酷です。

やまめの養殖は想像以上に難しく、特に最初のころは失敗の連続で、大きく落ち込んでしまった時期もありました。始めてから1年経った今も、まだまだ自信はないですね。でも、先代が45年続けていたように、長く続けないと分からないことが、きっとたくさんあると思うんです。先代がこだわりを持って作った『八丁やまめ』という系統をつないでいく中で、長く続けてきて良かったと思える仕事をしていきたいですね。」

渓流魚はなんとなく淡白な味のイメージがありますが「八丁やまめ」は程よく脂がのり、ふっくらとした身と甘みを感じる奥深い味わいが特徴。石田さんの実家でもある「落合館」で販売する「みほ弁」には、足柄茶で甘露煮にした八丁やまめと、地元産の野菜を使った数種類のおかずがぎっしり詰まっています。

八丁やまめが入ったみほ弁は「落合館」のみで販売。事前予約販売のみ、10個から注文可能。1個648円(税込)

 

「八丁やまめは、山北町の飲食店など(落合館、道の駅山北、箒沢荘、 YAMAKITAバルなど)で、楽しんでいただけるほか、都内や箱根の高級料理店でも取り扱っていただいています。あとは、近隣の漁協さんが管理する河川に放流したり、釣り堀や管理釣り場さんで使っていただくこともあります。」

石田さんは、やまめの養殖を通じて、普段利用している水と水源地域の関係性を伝えていきたいと話します。そのきっかけの1つとなればと思い実施しているのが、八丁やまめのつかみ取り体験。東京都内や神奈川県で、これまでに数回実施しています。

<写真左>八丁やまめのつかみ取り体験の様子
<写真右>夢中になって八丁やまめを追う子どもたち

 

「林業の仕事とやまめの養殖って、深く繋がっていると思うんです。森を育むことで綺麗な水を作り、魚はその水で育つ。魚を食べていただくことを通じて、森の整備の大切さをお伝えする機会も作れるのではと考えています。

また、今後は食品加工場を作り、八丁やまめを加工食品として販売していく予定です。西京焼きやフィレ、燻製など、さらに多くの人へ八丁やまめと山北町の魅力を伝えていきたいですね。また、養魚場の近くには、新しくイベントスペースも作る予定なので、そこで魚を食べてもらうことで、またその流れが繋がっていく。そういった循環を作れたらいいなと思っています。」

おすすめスポットは「箒スギ」と「大野山」

丹沢湖付近と山北町の魅力を知り尽くした石田さんの、おすすめスポットを伺いました。

地元から一度離れて客観視したことで、さらに山北町の魅力を実感したという石田さん

 

「『中川の箒スギ』は、軽トラツアーでも必ず紹介するおすすめスポットです。大杉の樹高は約42.5mもあり、実物を見ると誰もがその大きさに圧倒されるはずです。僕自身にとっても、大好きな場所で、訪れるたびいつもパワーをもらっています。

推定樹齢約2,000年と言われる中川の箒スギ

 

また、山北に来た際には、ぜひ『大野山』にも立ち寄ってみて欲しいですね。大野山は、丹沢湖周辺の水の流れが視覚的によく分かる、とっても貴重な場所なんです。山のてっぺんに登ると、北側には丹沢湖と丹沢山塊、南側を見ると丹沢湖〜河内川〜酒匂川〜足柄平野までを一望することができるので、丹沢の山に雨が降って丹沢湖に水が集まり、河内川に流れ、酒匂川に合流して足柄平野を流れていくさまを一目で見ることができます。こういった場所は全国的にもあまりないそうで、まさに山北町ならではのスポットですね。」

石田さんは今後、山北町と丹沢湖周辺地域の魅力をもっとたくさんの人に知ってもらうため、SNSなどを通じて自身の活動や町の魅力を発信していきたいと話します。

石田さんのTwitterアカウント(@ishidatakahisa)はこちら
https://twitter.com/ishidatakahisa

「東京都内からもアクセスが良い山北町は、神奈川県の水源地域となっているだけあって緑が豊かで自然に親しみを持てる場所。都心近くにそういった場所があるのはすごい価値なのではないでしょうか。そういう意味でも、山北町にはまだまだポテンシャルがあると思っています。今は多くの人に知られていませんが、町の魅力などを発信していくことで、少なからず山北町に興味を持ってくれる人はいるので、その方たちが山北のどんな部分に惹かれているのかを知りたいですね。この先も、かながわ水源地域の案内人として、できることを続けていく中で、山北町を好きになってくれる人が増えていってくれたら嬉しいですね。」

関連リンク:石田 貴久さん Twitterアカウント(@ishidatakahisa)関連リンク:要望型から創意工夫型へ。「意識の変化」が山と地域を変えていくー 井上正文さん

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