相模湖
2023月12月19日

水源地域での暮らしそのものが、貴重な観光体験コンテンツ 藤野里山体験ツアー運営協議会

神奈川と山梨の県境、相模原市の北西部にある藤野地区(緑区)は、藤野15名山と称される山々が折り重なった場所にあり、富士山麓を源流とする相模川水系と、その水を蓄える相模湖を有する、緑と水に恵まれた水源地域です。「藤野里山体験ツアー」は、こうした自然あふれる里山の民家に日帰りステイし、この土地ならではの暮らしや遊びを体験してもらうというユニークな観光コンテンツです。藤野観光協会が受け入れ家庭と連携し、「藤野里山体験ツアー運営協議会」を立ち上げて運営。現在では、県内外の学校や企業、インバウンド向けの人気アクティビティとなっており、水源地域の魅力を発信しています。

令和5年10月19日には、逗子市立池子小学校の5年生が林間学校の一環で体験ツアーに参加しました。同小学校が同ツアーを利用するのは、前年に引き続き2回目。子どもたちは朝から、受け入れ先の5家庭へ分かれて訪れ、里山ならではの体験を満喫しました。

森の中で「皮むき間伐」を学ぶ


間伐によって再生されてきた森の変化を子どもたちに説明する了一さん

里山体験ツアーの受け入れ家庭で、木工業を営む石毛了一さんと妻の祥子さんは十数年前、敷地に山が含まれる古民家を購入し、家族で暮らしています。「購入当時の山は、スギやヒノキの人工林がひしめき、真っ暗で草や低木が育っておらず、これはまずいと感じた」と了一さん。森を再生させるため、暗い山に光や風を入れる間伐活動に取り組み始めました。そうした経験から、「Moss rock山」と名付けたその山で、間伐作業や山遊びの体験を提供し、森の荒廃を防ぐ間伐の必要性を啓発しています。

皮むき間伐された丸太を協力して運ぶ子どもたち

山に案内された池子小の子どもたちは、間伐した林と手付かずの林を見比べ、森の明るさや樹相の違いを確認。祥子さんは手作りの紙芝居で、「人間と自然が仲良く暮らす元気な山を残しましょう」と子どもたちに伝えました。了一さんから、木の皮をむいて立ち枯れさせる「皮むき間伐」という間伐方法も教わり、実際に間伐された丸太運びを体験しました。乾燥して水分が抜けて軽くなった丸太は、重機を使わず、子どもたちでも持ち上げることができます。木の上に建てられたツリーハウスで過ごしたり、拾った枝で鉛筆作りをしたり、さまざまな山遊びも満喫しました。

了一さんが間伐材で手作りしたツリーハウス。山遊びを体験する子どもたちを喜ばせている

農家で小麦の脱穀とパン作り

市原さん(右)の指導で小麦の実と籾殻(もみがら)を手作業で分ける子どもたち

藤野15名山の一つである「峰山」の麓で農業を営む市原亮さんは、農薬や肥料を使わない「自然栽培」というこだわりの農法で、多品種の野菜の生産に取り組んでいます。里山体験ツアーでは季節に応じ、畑での種まきや苗植え、収穫といった農業体験をはじめ、害獣として仕留められたイノシシやシカの皮を再利用したクラフト体験、稲わらを使ったしめ縄飾り作りなど、農業の奥深さや里山での暮らしの知恵を伝えています。

石臼で小麦を挽き、真っ白でさらさらの小麦粉が出来上がり

池子小の子どもたちは、昔ながらの手作業による小麦の脱穀を体験しました。乾燥させた麦の穂を棒で叩いて脱穀し、手箕(てみ)の上で籾殻を取り除いた後、風選(ふうせん)という工程で細かい殻を吹き飛ばし、小麦の実をきれいに選別しました。石臼で実を引くと、小麦粉の出来上がりです。昼のバーベキューでは、棒に巻き付けて成型しておいた小麦のパン生地をふっくらと炭で焼き上げました。午後には、シカやイノシシの皮を使った革細工にチャレンジ。同校の小林寿夫教諭は「逗子も自然が豊かですが、都心に通勤して働く家庭がほとんど。里山で働きながら暮らすという営みが子どもたちには新鮮だったのでは」と感心していました。

バーベキューでは、火起こしにも挑戦。棒に巻いたパン生地も焼く

「自給自足」が楽しい川遊び

市内学校での出前授業にも積極的に応じ、得意の竹細工を子どもたちに伝えている小池さん

陣馬山の麓に住む小池芳実さんは、ツアーに訪れた子どもたちに、家の裏にある渓流での川遊びや、敷地に自生している孟宗竹(もうそうちく)を使った竹細工の体験を提供しています。小池さんは、青少年指導員だったこともあり、二十数年にわたり、河原でのキャンプに地元の子どもたちを招く活動もしています。「昔は学校帰りに道草をして、柿をもいで食べたりして遊んだものですが、今はバス通学なので、地元の子も里山で遊ぶ経験が少ないのでは」と感じ、大自然の恵みを生かした昔ながらの「自給自足」の遊び方を子どもたちに教えています。

この時期に釣れるというアブラハヤを狙い、餌となる小麦粉の団子を針に仕掛ける子どもたち

池子小の子どもたちは、小池さんの手ほどきで、昼食で使用する竹製の食器作りに挑戦しました。使い慣れないなたで竹を割り、やすりで削るなどし、皿や箸、椀を仕上げました。昼食のうどんは、生地を製麺機にかけてから、拾い集めた薪を釜の下にくべて茹で上げました。何から何まで手作りの食事は格別です。食後は、小池さん手作りの竹竿で渓流釣りをしたり、余った竹で焚火をして焼き芋を作ったり、河原の石を拾い集めたり。周囲にあるもので工夫するという遊びを満喫しました。

小池さん手作りのゴンドラ。崖の上から降りるスピードが爽快

里山の昔遊びを満喫

森久保さん(右)の指導で作った自前の弓を引き絞る子どもたち

築120年の古民家をリノベーションした民泊施設「おおだ山荘」で、池子小の子どもたちを出迎えたのは、オーナーの森久保周一さん。山荘は、相模湖畔を少し上り、周囲を山で囲まれた青田(おおだ)と呼ばれた静かな里山にあります。「私たちが子どもの頃は遊ぶ物がなかったので、弓や竹とんぼなどを作って遊んだものです。そうした里山で経験した遊びを今の子どもたちにも伝えたい」と、里山体験ツアーの受け入れ家庭になりました。森久保さんは山荘の近くでカフェレストランも経営し、近所の農家から届く野菜を使うなど、里山の魅力を内外に発信しています。

竹を割くところから作り方を指導する

子どもたちは当日、周囲の竹林から切り出した竹を使い、「弓矢作り」を体験しました。森久保さんの指導で、竹をのこぎりで切るところから始め、反り返った竹にたこ糸を上手に結ぶと弓が完成します。自前の弓矢を的に当てる大会も開催。子どもたちは5mほど離れた直径1mの的を見事に捉え、仕上がりに満足していました。昼食は、里山料理である栗ご飯とけんちん汁。庭の焚火での焼き芋作りも体験しました。

焼き芋をおいしそうに頬張る子どもたち

里山の素材でアクセサリー作り

自宅の工房に展示された作品を前にさとうさん

藤野地区は、「ふるさと芸術村構想」などの影響で、芸術家が多く移住しているアートのまちとしても知られています。地元作家の一人、さとうますよさんは自宅で工房を開き、アケビのつるや籐(とう)、竹で編んだ籠をはじめ、草木染めした手拭いなど、里山の草木を利用した創作活動をしています。観光協会の理事である立場もあり、「芸術のまちとしての特色を観光に結び付けられないか」という思いから、受け入れ家庭を引き受けています。

さとうさんが集めた実や枝を組み合わせてネックレスを作る子どもたち

池子小の子どもたちは、木の実や枝を紐でつなぐネックレス作りを体験しました。材料は、ドングリやミズナラ、サザンカの実など、さとうさんが自宅周辺で集めた約40種。ビーズのように紐に通すことができるよう、一つ一つ穴を開ける細かい仕込みがされています。子どもたちへの指導の基本は、最初に見本を見せるだけ。「見本と同じではなく、大きさや色合いを自主的に工夫し、とても個性的な仕上がりでした」と、さとうさんは目尻を下げて感心していました。薪火の釜でご飯を炊き、自家製の味噌や梅干し、ヒジキでおにぎりを作った昼食や、庭に実った柿をもいだり、葉っぱで草笛や名札を作ったり、子どもたちは里山ならではの体験を満喫しました。

さとうさん(右)へ体験のお礼を伝え、名残を惜しむ子どもたち

目標は藤野地区への移住促進

インタビューに応じる佐藤事務局長(左)と田中さん(右)

藤野里山体験ツアーは平成27年、人口減少に伴い空き家が増えている現状の打開策として、観光での体験から移住促進につなげようという考えで、藤野観光協会が主体となり、地域ぐるみでスタートした取り組みです。

同協会の佐藤鉄郎事務局長は「青年海外協力隊で中国にいた時、世界遺産も幾つか見学しましたが、最も印象に残ったのは、電気も何もない田舎の家に滞在し、家主のおじいさんと触れ合い、現地の暮らしを体験したことでした。藤野の観光を考える上で、何か特別な名物がなくたって、里山の暮らしそのものが貴重な体験になると感じました」と話します。

受け入れ家庭への説明会を重ね、いざ始めてみると反響は大きく、参加者は年間500人前後。リピーターも多く、ツアー開催の告知をすると、すぐに定員になる盛況ぶりです。池子小のように林間学校や校外学習で自然体験の機会を求める学校や、顧客との交流を深めるレクリエーションを企画する企業、インバウンド向けにアクティビティを提供したい旅行会社などからの問い合わせも相次ぎ、さまざまな需要の広がりを見せています。

10人前後の少人数で受け入れ家庭を訪問し、家族と触れ合ってもらうのがツアーの魅力であるため、大人数の団体客からの問い合わせには応じられない課題もあります。「藤野地区には、藤野芸術の家での工房体験や相模湖での釣りといったレジャーをはじめ、森の整備といった活動などもありますので、里山体験ツアーが核となりながら、藤野地区全体で団体のお客さんをお迎えできるようにしていければ」と観光協会の里山体験担当、田中理子さんは今後の展望を語ります。

里山体験ツアーの最終ゴールは移住促進ですが、実際にツアー参加から移住につながったケースも増えているそうです。佐藤事務局長は「ツアーに参加した子どもたちは、最後は帰りたくないって泣く子もいますし、家でゲームをしているより楽しいと感動してくれる子もいます。刃物を使ったり、自然の中で遊んだりしますので、保護者の方も最初はピリピリして見ていますが、帰る頃には表情が柔らかくなる。里山で遊ぶ我が子の姿を見て、ここに住みたいと感じてもらえるようになれば」と期待しています。

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