宮ヶ瀬湖
2026年2月10日

愛川の自然を歩き、学び、守る。 次代にバトンをつなぐ案内人 サークル愛川自然観察会

丹沢山麓に源を発する中津川が流れ込み、宮ヶ瀬湖の下流側に位置する神奈川県愛甲郡愛川町。仏果山や高取山、経ヶ岳、八菅山などの山々に抱かれ、町域面積の7割以上が自然環境保全地域と風致地区に指定されるほど、豊かな自然環境が広がっています。この緑と水が調和した地で「かながわ水源地域の案内人」として活躍しているのが「サークル愛川自然観察会」です。
同会の活動に同行し、その活動の意義や愛川の自然環境に対する思いを山口勇一代表や会員に伺ってきました。

「詳しくてわかりやすい解説」

秋も深まった11月下旬の週末、「観察会~関東ふれあいの道を歩こう!~」が開かれました。集まったのは地元・愛川町のほか、厚木市や清川村などの周辺地域に住む会員12人です。晩秋の里山の風景や清正光(せいしょうこう/志田山朝日寺)境内の植物、三増(みませ)合戦記念碑、山野の野鳥などを見て巡る約4キロのコースで、所要時間は3時間の計画です。澄みわたる秋空のもと、愛川町農村環境改善センターを出発し、徒歩で標高300メートル超の志田峠を目指しました。

山口代表を先頭に愛川町農村環境改善センターを出発する会員たち

歩き始めてすぐに目に飛び込んできたのは、富士居山のすそ野に広がる森林です。

「花がキレイだからといって保護しちゃう人がいます。でもこれは外来種。むしろここにあってはいけないのです」

歩き始めてから10分も経たないうちに、講師役を務める山口代表の声が森に響きました。道の傍らに咲く花を手に取り、さっそく解説が始まりました。「先生、これはなんですか?」と駆け寄る会員たち。熱心に耳を傾けメモを取る人、カメラで撮影する人とそれぞれ興味津々の様子です。

山口代表の解説を熱心に聞く会員たち

程なくすると、今度は赤い実を見つけて立ち止まりました。「赤い実は毒があることが多いんですよ。なぜ毒があるかというと、鳥に一度に食べられてしまうと植物にとっては困ってしまう。いっぺんに食べられなければ、別の鳥がまた食べに来てあちらこちらに種子を運んでもらえるでしょ」。参加者の「へぇ~!」という関心を引き出すのが、山口代表ならではの解説です。

「これはヒノキでしょうか? サワラでしょうか? 正解はヒノキです。よく見ると違うでしょ。葉の裏に白いYの字が連続しているのがヒノキです」。森の中でのフィールドワークだからこそ、草花を手に取ってリアルな解説が次々と展開されます。

葉を手に取り、興味深く観察する会員たち

厚木市内から訪れた会員の女性は「歩くにはちょうどいい距離で楽しく参加できる。なかなか花や草木の名前を覚えきれないけれど、楽しいですね。すごく優しい先生で、とにかく何でもいろいろなことを知っているんですよ」と笑顔を見せます。

この日は植物だけでなく、野鳥や川、地域の歴史にまで話が及び、山口代表が参加者の質問一つひとつに丁寧に答えていました。また道中は終始、和やかな雰囲気に包まれ、会員同士が話を弾ませる場面もありました。

会員同士の交流の場として和やかな雰囲気に

「一人占めするのはもったいない」と会を発足

山口代表は現在79歳。今なお標高747メートルの仏果山縦走を軽々とこなし、いつも会の活動の中心にいます。もともとは中学校の理科教諭で、定年退職を機に「楽しいことを一人占めするのはもったいない」という思いから、自然に関心のある人に呼びかけて会を発足し、観察活動を始めました。

「あえてね、名前にサークルってつけたんだよ。誰でも気軽に参加できるようにという思いがあって」と振り返ります。

秋の森を隅々まで観察

2026年に発足20周年を迎え、今回の観察会で193回目となる息の長い地道な活動です。「他の人に負担をかけたくない。もともと私が好きで始めたことだから」と運営は基本的に山口代表が一人で担い、コースの設定や参加者への連絡、情報発信など全てをこなしています。

「みんなでワイワイ楽しい」

参加は会員制で発足当初は26人の会員でスタートしました。現在は34人で、これまでに登録した人は延べ71人に上るといいます。活動の目的に「野外観察を通して郷土の自然を学び、町域の自然の成り立ちやその恵み、人とのかかわりを知ること」を掲げ、参加者である会員の興味や関心のある事柄をもとにした学習課題を設定し、学習活動に取り組んでいます。

活動のフィールドは愛川町を拠点に、厚木方面や津久井方面、清川村など周辺地域まで足を延ばすこともあります。植物のほか、昆虫や野鳥、化石に至るまで対象とするジャンルは幅広く、会員の中にはトンボやチョウ、魚、鳥などの専門知識を持つ人もいて、互いに教え合って知識を深める相互学習の場にもなっています。

道の傍らに佇む草や花を詳しく観察する山口代表と会員たち

清川村から訪れた会員の女性は「みんなでワイワイやるのが楽しいですね。身近な植物について知ることができて、地元の自然について気づかなかったことを知ることもできる。面白いから続けて参加しています」と話します。会員が友人や知人を新たに連れてくるケースも多く、着実に活動のすそ野が広がっているようです。

同会では現在、月1回程度、季節ごとにテーマを決めた観察会を開催しているほか、県立あいかわ公園でボランティアガイドとして親子向けに植物や昆虫の解説を行ったり、八菅山いこいの森で「四季の自然観察会」を開いたりと、幅広い世代の人に自然の魅力を伝えています。山口代表から受け取った知識のバトンは、会員たちを通じて地域の人々へと手渡されています。

活動の原点は「コナラの香り」

この活動の原点は、山口代表の子どもの時の記憶にあります。子どもの頃、「ターザンごっこ」や「隠れ家づくり」などをして野山を駆け回り、地元・愛川の山の中で遊んでいたそうです。中学、高校、大学生の頃は山とは離れた生活をしていましたが、中学校の理科教諭になった20代のとき、山の記憶が強烈に呼び覚まされたといいます。

愛川の自然に対する思いが熱い山口代表

「冬場、林に入ったらすごく懐かしさを感じたんですよ。特にコナラ、その落ち葉のかすかな香りがね。後で知ったんだけどフィトンチッドという木々が発散する香り成分だったんですね」

この体験が、心の奥底に封印していた自然への愛情を呼び覚ますトリガーとなりました。この「懐かしい香り」に導かれ、山口代表は再び山に入り、野山を歩くことに喜びを見出し始めたといいます。

すると、子どもの頃から見慣れてはいたものの、名前を知らない植物の存在に気づくようになったといいます。当初は図書館や書店に出掛けては図鑑を手に取り、調べていましたが、「見ているだけじゃ面白くないから、愛川町に自生している野生植物を全て標本にしてやろう」という情熱が芽生えました。

こうして始まった山歩きは「植物標本づくり」へと昇華し、本格的な植物研究というライフワークが始まりました。集められた膨大な標本は、地元の愛川町郷土資料館などに寄贈され、今では愛川町の自然環境の変遷と現状を記録する貴重な資料となっています。

「外来種」「荒廃」を懸念、新たな挑戦も

山口代表や会員らはなぜ、この地に魅了されるのか――。「山があり川があり、平地があり台地があり、そこに里山が広がっている。地形的にも多様性があるし、だからそこに生えている植物も多様性を持っている。そこに生きる動物たちも多様だということ。それだけ多様性に富んでいるのが魅力」と山口代表。

ただ同会が長年見守ってきた愛川の自然は今、看過できない「課題」に直面しています。「外来種がすごく増えた。とんでもない勢いで繁殖している」。人の手が入ることで維持されてきた里山特有の環境が失われつつある現状に対し、強い危機感を抱いています。

「子どもの頃、畑を囲む土手はきれいに草刈りがされていて、周辺には在来の可愛い花が咲いていた。しかし今や、里山周辺には耕作放棄地が広がり、人の手が入らなくなったことで高茎な外来雑草が生い茂るようになった。昔ながらの可憐な花々はほとんど見かけなくなってしまった」

山口代表が現在、精力的に取り組んでいる試みの一つが、県の絶滅危惧種に指定されている仏果山の尾根に自生する「ザイフリボク」の保護活動です。「神奈川県には自生地が2か所しかない。環境の変化により、仏果山ではほとんど姿がみられなくなっており、絶滅するのではないかと非常に心配」。この貴重な植物が衰退している危機的な現状を憂い、その枝を挿し木で育て、苗を元の場所に戻す試みを始めました。

県の絶滅危惧種に指定されている「ザイフリボク」

「せっかく移植しても乾燥が続いて定着しない。これまでに成功し、移植できたのはわずかで、なかなか移植が上手くできていない」と試行錯誤している現状を明かします。

子どもたちに「水源地の現状」伝えたい

同会では水源地に対する思いから、子どもたちへの教育活動に最も力を入れています。「かながわ水源地域の案内人」への登録もその思いの表れだといいます。

「愛川町は水源地域であり、その環境は大事にしないといけない。子どもたちの学びのお手伝いができればいい」

精力的に活動する山口代表

山口代表を中心とした同会の啓発活動は、地元の方だけにとどまらず、横浜市内の小学生に対して授業を行うこともあります。

「子どもたちの目から見たら、水源地はどう見えるのかな? どうして山から水が出てくるのか。川の源はどんなところなのか。それに答えてあげたい」。そのため、何十年もかけて撮りためた、水源林や管理放棄された植林地の写真や映像を教材として活用しています。

観察会、標本、写真、映像、そして人とのつながり…。長年にわたり積み重ねてきた同会の貴重な財産は今、次代への継承という重大な使命を帯びています。山口代表を中心とした会の活動に終わりはなさそうです。

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