やまなみの歴史探訪(津久井城攻略) ~その3~

相模原市緑区(旧:津久井町)

竪堀

五.竪堀

斜面に沿って少しへこんでいる場所には「竪堀(たてぼり)」という、たてに掘られた堀があったことが、発掘調査でだんだんわかってきています。津久井城は竪堀が多いことが特徴の一つだといわれています。竪堀は、敵を横移動させないためなどの目的で防御用に作られたものとされています。山の中には、こんな微妙な地形の場所がたくさんあります。そんな地形の場所も、土の中はぜんぜん違う様子になっている可能性があるのです。そう考えると、わくわくしませんか?

六.小倉道

ここから東にいくと、荒句(あらく)という集落にでます。この古い道は「小倉道(おぐらみち)と呼ばれていました。江戸時代ころからあった道だと考えられています。小倉というと城山の東のはじっこですが、そこにいくための道だったということです。荒句から小倉にいくには、「串川」という川づたいに歩きます。串川は、相模川とならんで津久井城を防御する、天然の堀の役目を果たしていました。

★手軽に歩けるコースですよ。

このコースの歩きやすさの難易度は?というと“散策気分でで歩けるお手軽コース”です。

とは言うもののスニーカー程度の足回りをおすすめします。

小倉道

根小屋地区の園路

七.馬場と御屋敷跡

この下は「馬場(ばば)」と呼ばれる場所です。馬場の下にある広くて平らなところは、「御屋敷跡(おやしきあと)」と言われ、津久井城主内藤氏が住んでいたとされる場所です。御屋敷跡の発掘調査では深さ2.5mの堀や掘立柱といって穴を掘って柱を立てた建物がいくつか見つかっています。また、江戸時代の陣屋に関係する建物もみつかっています。現在はこのような遺構を壊さないように大切に保存して埋め戻してあります。

八.三増峠の戦い

ここから見える風景は「金原(かなはら)」と呼ばれる場所です。左側にみえる山のあたりにあるのが「三増峠(みませとうげ)です。永禄12年(1569年)、武田信玄が小田原を攻めた帰りに、追ってきた北条氏と、この近くで戦いました(三増峠の戦い)。津久井城はその時の戦闘には加わりませんでした。その時武田信玄が通ったとされる「信玄道」や、その時の伝説が残る場所が、津久井地域には多く残されています。

馬場と御屋敷跡

三増峠の戦い

九.竪堀と切岸

ここには、「五」でもみた、たてに掘られた堀があります。よくみると地面がへこんでいて、牢屋の沢に向かって伸びているのがわかります。発掘調査は行なわれていないのでどのような形状なのかはわかりません。そして、牢屋の沢をはさんだ対岸にも、も、平らになっている場所、ガケのようになっている場所(切岸:きりぎし)があります。これらは自然の地形ではなく、津久井城でとても大規模な土木工事が行われていたなごりと考えられます。

十.相模川、八王子城

ここからみえる津久井湖は、ダムが出来る前はなく、もともとは相模川の流れでした。川は、敵からの防御になるとともに、船を使ってものを運ぶために重要でした。津久井湖の対岸の山中には「峯の薬師(みねのやくし)」という、武相四大薬師(ぶそうよんだいやくし)のひとつに数えられているところがあります。その峯の薬師の奥が、高尾山になります。その奥には、同じ北条氏のお城である八王子城があります。高尾山・八王子城は、山頂から見ることができます。

竪堀と切岸

津久井湖

■城山キャッスリングコース

津久井城=城山山頂を攻略しよう!というコースです。

パークセンターでは2009年度に4回にわたり「城山キャッスリング ~津久井城ガイド登山~」を開催しております。今後は10月と1月に開催予定となっておりますので参加してみてはいかがでしょうか。

今回の特集では、「城山キャッスリング」で案内しているポイントの中から11のポイントを選んで紹介いたします。

今回紹介する津久井城攻略コースのポイントは「おりえんてーりんぐ」の10箇所+これから紹介するポイントを加えた21箇所です(ガイド登山ではこの他の細かいポイントも紹介しているそうです)。

所要時間は4時間程度を予定しておくと、ゆっくり楽しめると思います。

山頂付近のコースは右の画像です(クリック拡大できます)。

また、津久井湖城山公園のHPにある地図「城山みちあんない(以下のリンク)」はとても便利です。あわせてご活用ください。

キャッスリング案内ポスター

城山山頂・攻略コースマップ