やまなみの歴史探訪(津久井城攻略) ~その2~

相模原市緑区(旧:津久井町)

陣屋跡(研修棟)

■津久井湖城山公園歴史おりえんてーりんぐポイント紹介)

※以降の一~十までの文章は、ポストの解説文をそのまま掲載しました。★の文章は、レポーターが気づいた点を追加したものです。

一.陣屋跡

この研修棟がある場所には、江戸時代初頭に陣屋(じんや)が建てられていました。「陣屋」とは地域の政治の中心になった場所で、今で言えば市役所と警察と裁判所をあわせたようなものです。発掘調査の成果からは、周辺一帯に江戸時代初頭に建物があったことがわかっています。この大きな建物にはタタミ18畳分の部屋(九間:ここのま)がありました。そのような大きな建物は当時はめずらしく、また瓦や、ヨロイの部品などの特別な遺物が発見されています。

2つ目の写真は「ろうやのさわ」といわれています。牢屋の沢とは、・・・そう、牢屋があったといわれる沢です。牢屋は、江戸時代初頭に代官がいたときに使われたとされます。代官が裁いた罪人が牢屋に入れられたのでしょう。

牢屋の沢(城坂橋)

ここから少し上流の場所にあったようですが、場所までは特定されていません。あった牢屋は「水牢(みずろう)」といわれ、水で罪人を苦しめたものと思われます。戦国時代に地形を削って「堀」として使っていたのだと考えられています。

三.しんでん

このあたりは「しんでん」と呼ばれています。これは江戸時代に「新しい田畑」として開発が行なわれた名残りだと考えられています。ここでの発掘調査では、土塁(どるい:土の壁)や、大きな穴などがみつかりました。この穴は橋に関係する柱の穴の可能性が高く、戦国時代にも現在と同じ位置に橋が架かっていたのではないかと考えられます。ちなみに、パークセンターに展示してある、「相州津久井古城図」では、ここに橋が描かれているのがわかります。

牢屋の沢

しんでん

★中世戦国農園

「しんでん」のポストの先では「中世戦国農園」の実験が行われていました。

陸稲(おかぼ)、綿、小豆、大豆、糯黍(もちきび)、糯粟(もちあわ)の6種類の作物が育てられていました。

5月に種を蒔いたとのことですが、取材当日は「綿の花」や穀物が実を付けていました。

収穫の日が楽しみですね・・

★クヌギ再生物語

8月初旬号「森を学ぶ・森に学ぶ 第2回」でも紹介したクヌギの木がどうなっているか?という事でクヌギにご挨拶。

周辺の草が刈られてスッキリしていたとともに、背丈は大人の身長くらいになっていました。あらためてクヌギの再生パワーには驚きました

中世戦国「実験」農園

クヌギ再生物語

四.遺跡を保存する園路

この園路は、車椅子の方でもご利用いただけるようになっています。

この基礎の部分は特殊で、丸い玉のコンクリートに杭が4本刺さった「ピンファウンデーション」という方法です。この方法では、杭が打ち込まれた部分だけしか遺跡が破壊されません。この城山は、全山が遺跡です。そこで、遺跡を壊さないようにこのような工夫がされているわけです。またこれにより植物や、動物の通り道も保護されています。

遺跡を保存する園路

ピンファウンデーション

★リアルタイム情報版「はやうま」

回廊を歩いているとコナラの枝先が落ちています。

落ちているなぁ~と思って歩いていると、「どんぐり落としたの、だれ?」というタイトルの“リアルタイム情報版「はやうま」”が掲示されていました。

ハイイロチョッキリというゾウムシの仲間の昆虫がドングリに卵を産み付けた後に切り落とした枝だそうです。

こんなボードがあちこちに掲示してあるので、自然観察の楽しみも倍増です。

どんぐりの枝

チョッキリ解説