清川村の炭窯を訪ねました (前編)

清川村

炭焼きの煙が立ち上る

やまなみ地域は、かつて炭焼きのさかんな土地だったそうで、冬になると山々には炭焼きの煙が立ち上るのが風物詩の一つだったそうです。

そんな風景を写真に収めてみたい。できることならば「今でも業として炭を焼いている方を訪ねてお話を伺ってみたい」という思いで、やまなみ地域の各市町村に問い合わせてみたところ、清川村の岩澤政雄さんをご紹介いただきました。

■ロケーション

岩澤さんの炭窯は、厚木から県道60号線(厚木清川線)を宮ヶ瀬方面へと向かい20分ほど走った厚木市と清川村との境、飯山温泉郷を過ぎたあたりの煤ヶ谷地区に位置しております。

東には高取山、経ヶ岳など標高500~600mの低山、西には丹沢山塊がそびえ、小鮎川の流れるのどかな里山の炭窯でした。

◆清川村の炭焼きの現状

清川村は江戸時代から炭焼きが盛んな土地であった。と伝えられておりますが、こと戦後の燃料不足の頃には、当時の世帯数500に対して150基もの炭窯が在ったほど炭焼きがさかんだったそうです。

そして現在では、石油・石炭等の化石燃料主体へと変化したため、炭窯の数は、片手で数えられるほどに減ってしまいました。

◆岩澤政雄さん

岩澤政雄さんは大正15年生まれの83歳。子供の頃より炭焼きを手伝って育ったそうです。戦争の復員後には冬場は炭焼き、夏場は農業という時代を経て、横浜で事業を営み57歳の時に清川村にUターンしていらっしゃったそうです。

清川村にUターンしてから炭焼きを再開したのは、還暦を過ぎてからの事だそうですが、今では数少ない「昔を知る炭焼き職人」の一人なのです。

煤ヶ谷の風景

岩澤政雄さんの炭窯

岩澤政雄さん

■炭が焼けるまで

◆原木

右の写真は、岩澤さんがご自身で伐採して切り分けたナラ、クヌギなどの炭の原木です。太さは40~50cm、長さは60~70cmといったところでしょうか。

特にクヌギは堅く良い炭ができるそうです(この写真では色が濃いのがクヌギだそうです)。

◆原木を割る

右の写真は、機械で割った原木で炭窯に入れられるのを待っている状態です。

ナラ、クヌギのほかにも孟宗竹(もうそうちく)などで竹炭(ちくたん)も焼いております。

奥様にお茶を入れていただきお話しをしている折「ヒョウタンも焼いてよ」と奥様。燃料としての炭以外にも色々焼いているそうで、「パイナップルを焼いたときは面白かったね」といった具合。

炭窯の近くに栗のイガが転がっていたので、「あれ焼いたらトゲトゲして面白そうだけど、あんなに細くても焼けますかね?」と質問してみると、稲もみを沢山入れて紙に包むなどすれば大丈夫との事。

孟宗竹(もうそうちく)

◆窯入れ

右の写真は、窯に原木を入れているところです。

外から見ると、とても入れるとは思えない大きさなのですが、炭窯の中は思ったよりも広く立てるほどではありませんが、中腰立ちといったところ。ていねいに原木を立てていかないと、きちんと焼けない様ですし、窯は煙突に近い奥の方、さらに上の方が火が強く、燃えすぎぬ様に燃えても構わない木っ端(クチモジ)を適度に配置するのがコツだそうです。

◆窯に火が入りました。

炭窯に火を入れクチモジを燃やし窯全体を温め火をまわし、原木をほどよく乾燥。火の勢いを強め、最後には窯の入口をふさぐ。といった行程のようですが、これらの行程は、火の勢い、煙の出具合、その他で判断するそうです。

そのあたりが、まさに炭職人の勘所。子供の頃から見て覚えた技と試行錯誤のたまもの。「教わったわけじゃないものだし、教えてもらえるものでもないよ」とおっしゃっていました。

窯入れ

窯に火が入りました。